[4017-2] 谷川うさ子 2016/07/27(水)15:01 修正時間切れ
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「脳の働き方」(言葉の生成のメカニズム)からみた日本人の「学習障害」は構造として存在します。 大きく、全体を説明すると、日本語は「和語」(ヤマトコトバ)と「漢字・漢語」とで成り立っていることが「学習障害」の背景です。 和語(ヤマトコトバ)とは、「漢字・漢語」については「訓読み」のことです。 「漢字・漢語」は、歴史をいうと外来語です。この外来語である「漢字・漢語」が日本の国家、社会、経済、政治などの「制度」(規範)をつくってきました。 この「漢字・漢語」の読み方は「音読み」です。 「音読み」の特徴は「字義」「語義」が定義されていることです。
一方、和語(ヤマトコトバ)は「動詞文」「動詞中心」であることを『文法』とも言い換えられているように、ものごと(対象)を「説明しない」ことを最大の特質にしています。 「自分はこう思う」ということは言うし、話しますが、「対象Aとは何か?」「対象AとBの違いは何か?」は「説明しえない」のです。この「説明しえないこと」を「自分はこう思う」式の言い方で「説明」します。この「説明」は「漢字・漢語」の「字義・語義」の説明する定義に照らし合わせると必ず解釈して、ものごとの説明にはならなくて病的な話になるのが「和語」(ヤマトコトバ)の特質です。
出口汪(ひろし)は『国語が変わる』(水王舎)で「論理力を育てる」ために「漢字・漢語を正しく勉強しよう」という説明をします。
A・「君はチームにとって大切な人だ」 B・「君はチームにとって必要な人だ」
この「大切」「必要」はどういう意味か?が問いの問題です。出口汪は、日本の教育界の権威です。 出口汪は、「大切」と「必要」と言われてどちらが嬉しいか?を考えようといいます。 「大切」は、他にも大切な人はいるかもしれない、「必要」は言われたあなただけだ、だから「必要」というのが嬉しくて、価値が高いのである、というレクチュアです。 この出口汪の説明は和語(ヤマトコトバ)の「訓読み」「解釈」で、「大」(タイ)、「必要」(要・かなめ、ヨウ)の「字義」「語義」をつくり変えています。 これが日本人の「学習障害」です。
おそらく、多くの日本人はこの出口汪ふうの「学習」を「わかりやすい」「おもしろい」「すごくナットクがいく」と思うでしょう。 多くの日本人は「解釈」によって仕事をしている、子どもを教育している、人間関係をつくっているので、出口汪(ひろし)の説明を「いい説明だ」と受け容れます。
しかし、仕事、社会、全ての現実は「漢字・漢語」の「字義・語義」のとおりに成り立っています。 「大切」の「大」(タイ)は、心情的に価値があると認めることです。人気がある人と同じです。歌手、女優、男優の人気と同じ「価値」のことです。必要の「要」(ヨウ)は、社会的に価値があることをいい、テロや事故にあわないように守るといったときの「価値」のことです。 出口汪(ひろし)は、このような「定義」「論理」「名詞の内容」を不問にしています。これが「学習障害」の例です。
脳の中では、視野狭窄が起こり、とりわけ現実の中の「名詞」「抽象名詞」をジョン・ロックのいう「第二の性質」しか認知しないという働き方がつくられます。 これが「学習障害」による「自殺」「病気」「殺人」の根拠です。
「2020年になると国語教育が変わる」「小学校からテクノロジーのプログラムの学習が始まる」といわれている中で、ほとんどの日本人は、不適応に陥ることが予想されます。 ポルソナーレのカウンセリング・ゼミで学習障害を治すことで、今、誰にとっても生存の危機を脱するか、あるいは脱しえないかの分かれ目に立っています。 |
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