[4825-3] 谷川うさ子 2017/11/08(水)16:16 修正時間切れ
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●「社会の中の言葉って何?」という「見えない」「聞こえない」が命取りになった
日本語の動詞文の「動詞」は「隠ル」「流ル」のような「ル・ラル」の思考と言葉を価値が高いとする。 それが「外扱い」だ。 ちゃんとした知的な言葉、社会の言葉には「近づかない」とする脳の働き方になる。 無理に近づくとどうなるのか? 「内扱い」という作為思考が生まれる。 「隠ス、流ス、乱ス」の「ス・サス」の言葉が「内扱い」と「作為思考」である。 「外側核タイプ」の特徴は、対象についてデタラメをしゃべる代わりに自分を否定するしゃべり方である。 「赤面する」のは、無理に行動すると「性の欲の行動」が喚起されるためである。ここで自分の行動のための言葉を必要とする。 「人が自分をウワサしている」といったような腹内側核タイプのデタラメ言葉を言えば「死にたい」とは、思わない。他人をブチ壊し、社会のルールを壊すという分裂病タイプの「妄想」(異常)をしゃべるから、「人を殺しても、自分は死ぬとは思わない」。 「自殺したい」と願望を書き込んだ女性らは、「一緒に死んでくれる人いませんか」という程度の「性欲の意識」しかもてなかった。 ●「一緒に死にましょう」と言われて「言葉と行動が一致した」と喜んだのに「殺された」
「一緒に死にましょう」という白石容疑者の書き込みとかツイッターの「言葉」を見聞きしたとき、「これでようやく自分の行動と言葉とが一致した」という「生きられる方途」を見出したのである。 だから、白石容疑者から「会いましょう」と誘われると「リアルの人とおしゃべりができる」(社会参加の道がひらけた)と喜んだのである。 殺害されて、いちばん残念に思ったのは当の女性である。 「こんなはずじゃなかった」と思いながら身体をバラバラに切断されたにちがいないのだ。 |
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