[4842-2] 谷川うさ子 2018/01/06(土)14:49 修正時間切れ
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では、人間はどうなるのか? 日本人の多くは、本を読んでも、漢字・漢語(おもに音読みの言葉)は読めない、読んでも意味などデタラメに解釈している。 「デタラメの意味のイメージ」をいつも思い浮べている。そのデタラメの意味のイメージのとおりの行動をどんどんつづけている。 「人前で話すと言葉が出て来ない」「人と話すことが怖い」「特定の人と話すのが怖い」という異常がごく普通のことになっている。 それが「スマホ見ながら歩き」「人としゃべっているときにスマホの画面を見る」、「スマホの画面を見て、話している相手の顔は見ない」だ。
●「スマホ」以前の日本人は、不安や緊張症を恥かしいことと思っていた?!
「スマホ」の以前は、「人前で話せない自分」を恥かしいとか、社会人として重大な欠陥があると思っていた。 「スマホ」(パソコン)が小学生、中学生にまで行き渡ると、「人の顔など見ない」という異常は、異常ではなくなっている。 電車の中では、母親が乳・幼児に「スマホの画面」を見せて自分から遠ざけている。
●知っている人だけが得する「スマホ」「パソコン」の画面を「見る」の脳の働き方としくみ
「スマホの画面を『見る』というのは、『右脳・実像』で交感神経が見ています。ゲシュタルト形態を視覚が知覚します。『見た』という脳の働き方は、副交感神経がおこないます。この『見た』『分かった』は、内側膝状体の聴覚がおこないます。 日本人がスマホの画面を見るときは、ゲシュタルト形態は見えません。無いと認知する人と、デタラメに歪めて解釈する人の二通りの『見た』のどちらかを、内側膝状体の聴覚が、スマホの画面に表示させるのです。 このように『見たもの』を『右脳・虚像』に思い浮べているのです」(ポルソナーレのカウンセリング・ゼミのレクチュア)。
ポルソナーレのカウンセリング・ゼミが、現ゼミ生の皆様と一緒に明らかにしたことは、人間がものを「見る」のは「視覚」の働きであり、人間がものを「見た」というときは「聴覚」の働きであるということだ。 ●知らなきゃ損!スマホ、パソコンの画面を見るのは「聴覚」が見ているのである!
日本人が「スマホの画面」とか「パソコンの画面」を「見る」ことは、「聴覚」だけしか働いていない。 「人の目が気になる」とか「家の外の人が怖い、通りすがりの人が怖い」は、「聴覚」がつくるイメージだ。 「スマホ」や「パソコン」の画面には、「怖い」という内容を特定化して表示させている。 『見る』というときのゲシュタルト形態は、表示させることができない。 日本人は「怖い」でも「好き」でも「いいね」でもその内容だけを画面に表示させる。ゲシュタルト形態という「現実」(人間、社会、モラル、仕事の内容など)は表示させないばかりか、「そういうものは存在しない」という思考とそのイメージを脳の『右脳・虚像』に思い浮べている。 これが「バーチャル聴覚(視覚)」だ。 「パソコン」「スマホ」の画面ばかりを一日中、いつでもどこでも「見ている人」は、「画面を見ている」のではなくて音楽を聴くように、聴覚がつくったイメージを思い浮べる代わりに、「画面」に表示させている。 すると「人の目が気になること」は一切、無くなる。画面と右脳・虚像のイメージが一致しているので、「気になる人」は「いない」から悩みの理由も根拠もなくなる。 「社会の中のルール」も見えないから、社会のルールやモラルどおりに行動しなくなる。 「本を読むこと」も「本など存在しない」から勉強も学習も行動の対象ではなくなる。
●信じられない!スマホ、パソコンの画面を見ると「人間としての知性の判断力」の能力が消える!
「スマホもパソコンも、マトリックスという遠くのものを近くに見せるしくみが本質です。ところが、近くに見せるのではなくて、遠くのものを判断するというアプリやサイトの拡大によって、正しく分かるという判断の能力が働かなくなっているんですよ」(ポルソナーレのカウンセリング・ゼミのレクチュア) これは、身体の運動機能や触覚の能力が止まるか、退化しているということだ。 「スマホゾンビ」「ゲーム依存症」「休職」「ニート」が身体の触覚や運動機能の止まりの事例だ。高齢期になって起こる「寝たきり状態」「目的となるもののイメージが消えたので失見当職となって徘徊する痴呆状態」が10代、20代、30代でも起こっている。
「かててくわえて、ゲシュタルト形態を見る認知の能力が無いとは、脳の交感神経が全く働いていないということです。すると、交感神経の重要な働きのセントラルドグマ(生体防御システム)が止まっているので、がん、心臓疾患、脳梗塞など、身体の病気の発症が防ぎようもなくなっているということです」(ポルソナーレのカウンセリング・ゼミのレクチュア)。 |
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