相談の事例・ファイル6
《小川町子さん(39歳・女性・仮名)の脳の働きの物語》
小川町子さん(仮名)は、茨城県でも大きな街に住んでいます。納豆の生産で有名な県です。納豆の好きな人は、ここに住めば健康まちがいなしと嬉しくなる地方都市です。ひところは原発の影響で納豆づくりも減りました。今は、インフルエンザの予防にも役立つという説にも支えられて納豆づくりは活発です。
小川町子さんと会ってお話を聞いたのは、城下町の水戸偕楽園から梅の花が咲いたという便りが聞こえてくる季節でした。
空は青く、雲はひとつもなく、陽がさんさんと照って暖かく感じられるはずですが、風は冷たい日でした。
日本海側は、雪が降りつづいているとテレビのアナウンサーが、気圧配置の地図を説明しています。
「私、結婚して男の子が2人います。中学2年生と小学5年生です。家計のためというよりは、家にいると無気力になって、ほんとうに何もする気がなくなるので、週に3日ほど近くのコンビニエンスストアでパートで働いています」
小川町子さんの話は、パートに働きに行くと、腰が痛くなるということから始まりました。
腰が痛くなる話なら、病院に行って診察してもらうのが普通の筋道立った考え方です。小川町子さんは、日曜日とか、家にいるときは腰が痛いと気にはなりません。職場に行くと腰がどんよりと重くなり、イスから立ち上がるとき、机から離れて動く瞬間にズンと痛みを感じます。
職場のスタッフの人たちの話し声のさざめくような笑い声が聞こえてくると、顔のこめかみのあたりから目の方向に向かって痛くなります。こめかみは、耳の上の辺りから目尻の顔の部分です。
「職場で、じっと考えごとをして、辛い気持ちをガマンするために歯をつよく噛んではいませんか?」
小川町子さんの顔は、暗くくもって悲しげな表情になります。頭の中に思い浮んだイメージのとおりがそのままの気持ちになって目にあらわれてくる女性のようです。嬉しい時はバラの花が咲いたようにパッと満面の笑顔になるのでしょう。小川町子さんはいつの日か、いつの頃からか、心から晴々と笑ったことがないと話します。
家では、2人の男の子も夫も胸の痛むような思いをしているにちがいありません。
職場に行くと、職場の人たちの言っていることが、私の噂をしているように思えるんです」
町子さんは、人が自分のことについて何か言っているのではないか?とどうしても考えてしまうのですと話します。もちろん職場は誰にとっても与えられた作業をルーティーンの環の中でおこなう場所ですから、噂話をしながら一日を過す人はいないことは、町子さんにもよく分かっています。
人は、自分のことをどう思っているのか?という不安をもつ人は、自分について何か関係のあることを話すのではないかということに注意を向けます。
命じられた仕事はおこなわなければなりません。それとは別に、この人たちは私のことをどう思っているのだろうか?と考えれば、いつしか知らず知らず奥歯をつよく噛みしめます。こめかみは痛くなるでしょう。
「家では、腰やこめかみの痛みはどうなのでしょう?」
「家では、腰もこめかみも、顔の目の周辺の痛みもありません。何もする気がなくなり、だらだらと過してしまいます。食事も買ってきたものとか、レトルト食品だとかで間に合わせます。心の中はいつも寂しくて、哀しい気持ちがどんよりして何かをやらなければという気になれないんです。頭の中にモヤか霧がたちこめているのが、ここ何年もつづいているんです」
小川町子さんは、自律神経の話をしています。
書店に並んでいる自律神経にかんする書物は人間の首から下の内臓や血管や筋肉と自律神経の説明が書いてあります。自律神経は、人間の脳にも中枢神経があります。脳を働かせる自律神経が、首から下の内臓や血管や筋肉を動かしています。
小川町子さんは女性です。
女性は、脳の「左脳」の言語能力を働かせる交感神経の以外は、全部、副交感神経が支配しています。
脳の「左脳」のような言語能力も、ブローカー言語野の「3分の2」の言語野が交感神経で動くだけで、言語能力をつくり出すのは副交感神経です。
日本の女性は、身体の運動をして交感神経を働かせるか、欧米人の女性のように英語やドイツ語の文法を完全に習得しない場合は副交感神経中心の脳と身体の働きになります。
小川町子さんにこの話をしました。
「副交感神経が優位に働くと、腰が痛くなるとか、こめかみが痛くなるんですか?」
副交感神経がもっともハッキリした形で働くのは血液を送る血管です。
副交感神経は血管を広げてゆるめます。すると血管を収縮させるために生化学物質がどんどん分泌されます。生化学物質の一つにアセチルコリンがあります。このアセチルコリンが皮膚、関節、筋肉につよい痛みをつくります。セロトニンが不快な気分をつくり出します。
小川町子さんが自律神経の副交感神経を優位に働かせるようになったのは高校1年生の頃からでした。
「高校1年生になったばかりの4月に、同級生の男の子にとってもかっこいい人がいたのです。身長180センチ、体重63キロ、脚がすらっと長くて顔も見ているだけでうっとりするくらいカッコよかったのです。髪型も洗い立てのようにサラッとしていて、フランス製のせっけんの香りのするような人でした」
うっとりするくらい顔立ちのカッコいい男の子だったから、町子さんは交際を申し込みました。
名前は山田五郎さん(仮名)といいます。山田五郎さんも、ぜひ、付き合いたいという返事です。町子さんは、なんてすてきな高校生活が始まったんだろうと胸が爆発するくらいドキドキして嬉しくてたまりませんでした。
勉強も楽しいし、学校の行き道は、早く学校に行きたくて全力で走っていきたいくらいです。
「交際は始まりましたが、二人で会っても何も話せないんです。二人で歩いても、何を話していいのか分かりませんでした。五郎さんも黙っています。顔をチラと見ると優しげな表情なので、私は好かれているということは痛いくらいに分かりました。でも、何をどうすればいいか何も思い浮ばないのです」
町子さんは、毎日、メールを交換してメールでおしゃべりをしようと申し出ました。
五郎さんも、それはいいねと喜びました。毎日、メールを交換して、会っても自由に、思うとおりに話ができるようになりました。高校1年も半ばの頃です。
それからしばらくして町子さんと五郎さんは、性の関係になりました。
「高2の時は、もう雲の上を歩いているかのような最高に楽しい毎日でした。最高の彼は、最高にカッコいい。顔も、話し声も、そして性のことも。初めて好きになった人だから何もかも楽しくて、私は自分の全てをさらけ出しました」と町子さんは言います。
町子さんのこの五郎さんとの交際の話は、ふつうは恋愛の物語として聞きます。
じじつ、全くそのとおりの恋愛の中の出来事です。
どんな女性、そして男性の恋愛も、脳の中の自律神経の働き方の出来事と経験です。
女性は、性の行動を起こす視床下部の中枢神経はありません。視索前野が女性の中枢神経です。副交感神経の中枢です。恋愛という性をともなう性のための行動には、交感神経の働きが必要なのです。では町子さんはなぜ、五郎さんに交際を申し込んだのか?というと、学校の勉強とか人間関係とか、社会のこととか、どんなことでも学習するということが女性にとっての自律神経の交感神経の働かせ方になるのです。
この学習が日本の女性にとって大きな問題です。学習というのは長い間のつみかさねで学ぶことをいいます。
暗記とか、丸暗記のことではありません。学習とは「きまりごと」を認識することだからです。
小川町子さんは、学習がうまくいかない困難をかかえて高校生になったのです。
こういう場合、日本の多くの女性は、視床下部で交感神経を働かせようとします。それは、視索前野から腹内側核に働き方を変えることです。ちょっとダイエットをするとか、すこし食欲をガマンするとかでそれは可能です。
カッコいい男の子にうっとりする人は、自分だってカッコよくしようと思うでしょう。
たったこれだけで腹内側核が働いて、性の欲が発動します。
カッコいい男の子と交際すると、女性のありったけを出してステキに見せようとするでしょう。すると、男性と同じ性の中枢神経の背内側核が働いて、GnRHという性の欲の王様(男性には)のようなホルモンが分泌します。
女性は、GnRHが分泌して女王様になれるのです。
「楽しい日々がつづいたのは、3年間だけでした。
五郎さんは180度ガラッと変わったのです。
私よりも、男の友だちと付き合うことを優先しはじめました。
高校を卒業したら結婚しようと言ってくれていたのです。
それが、突然、大学に行かなくっちゃと言い始めました。私は、結婚するものとばかり思っていたので、勉強はしていなくてトリ残されたのです」
日本人の多くの男性は、視床下部の背内側核に空間認知の機能をもっています。だから、性の欲の対象に向かってダイナミックに行動できます。行動できるのですが、行動するとは限りません。
認知の機能はもっていますが、認識の機能はないからです。
話をするとか、説明するとかの能力が認識です。「自分はこうした」「自分はこう思う」というのは説明ではありません。
「なぜならば」と言えるのが認識です。五郎さんは、この「なぜならば」と言える男性にならなければ、と考えたのかもしれません。
町子さんは、性の関係をとおして男性のこのようなものの考え方の世界の入口を少しだけ見たのです。だから、「五郎さんの気持ちって何だったのだろう?」とずっと気になりつづけてきたのでした。
「でも、まだ分からない」というのが町子さんの「人は自分のことをどう思っているのか?」という不安だったのです。
「そういえば」と町子さんは言います。
「我が家には男性が3人もいます。昔の五郎さんのことばっかりを思い出しては気にしつづけていました。
本当は、男性の夫、男性の2人の子どもたちとお話をすればよかったんですね。あなたはどうしたのか?ではなくて、このものごとについてどう考えますか?っていう会話をすべきでした」
町子さんはこんなふうに話します。
日本の女性も、脳に認識の機能をもっています。しっかりお話をすると、どんなことでも「これは正しい」「これはちょっと変だね」と判断するために脳は働きます。
がんばれ、がんばれ町子さん。町子さんの表情はバラの花が咲いたようにものすごく豪華に見えました。
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