(1) |
平成16年6月1日。佐世保市の市立大久保小で、6年生の御手洗怜美(さとみ)さん(12歳)」がカッターナイフで切られて死亡した。
この事件で、長崎家裁佐世保支部・小松平内裁判長は、平成16年9月15日、殺人の非行事実で送致された「加害者女児」(11歳)の第三回「少年審判」を開いた。「確定的殺意を抱えて、計画的に殺害合意に及んだ」と認定した。加害者女児を「栃木県国立きぬ川学院」(自立支援施
設)に送致することを決めた。これが「決定」だった。 |
(2) |
家裁(小松平内裁判長)の「決定」の主旨で、加害者女児の「人格の特性」についてのべている。要旨はこうだ。
「女児は、生育歴の中で
? 対人関係について、注意深く考えを向けることができないという性格傾向をはぐくんだ。
? ものごとを断片的にしかとらえられないという性格の傾向がある。
? 目に見えなくて、手に触れない対象(抽象的なものを言語化することがよく学習されていない。また訓練されていない。
? 「聴覚的な情報」よりも「視覚的な情報」の処理をするという脳の働き方を形成している」
(9月16日、日経より要約)。 |
(3) |
平成16年9月15日に公表された御手洗恭二(46歳)、被害者の御手洗怜美(さとみ)さん(12歳)の父親の手記(全文)。
さっちゃん。あの日から3カ月半。少年審判が終わりました。たくさんの人が彼女のことを調べてくれた結果に、父さんは、戸惑っています。彼女は、程度の差はあれ、父さんたち大人が一般的に「普通」と呼んでいる子どものようです。
この結果は、鑑定や調査の限界だろうか。それとも、「普通の子」でも、こんな大変なことを起してしまうということだろうか。父さんには分かりません。そして、改めて親子や家族の大切さと難しさを感じています。
君は、父さんの前では年齢の割には幼かったり、そのくせ、時には「母さん」のように励ましてくれた。
でも、手紙やメールを呼んだら(ゴメン、無断で)、転校で変わったさまざな環境に苦しんでいたんだね。知らなかった。
親が子どもの全てを理解することはできないかもしれない。でも、父さんは努力が足りず、彼女とのもめごとに気がつかなかった。気づいていれば何か手助けができたかもしれないのに。同じように彼女の両親も考えてくれていたらいいね。
わが子が被害者、そして加害者になるなんて親は思っていません。
だから父さんみたいに苦しまないために、同じ子を持つ大人に言えることがあるとすれば一つだけ。
「子どもの全ては理解できないと分かったうえで、理解する努力を続けてください。それぞれの家がそれぞれのやり方で」。
さっちゃん。彼女は学校でもちょっと気になる兆しを見せていたようです。でも大人は誰も気に留めず、手を差し出さなかった。
父さんが昔、学校を取材して「素敵(すてき)だな」と感じるクラスがありました。
先生が冗談を言って笑いを取るわけではないのに明るい。先生が怒れば子どもたちは震え上がる。それでも子どもたちと先生はお互いを信頼している。そんなクラスの先生は笑顔も素敵で、先生という仕事を心の底から楽しんでいるんだなと感じました。
今の学校はどう?
先生たちは、子どもたちと向き合うこの仕事を本当に楽しんでいる?教育行政の人たちは自分自身も、子どもと直接、向き合う気持ちで学校を支えている?
今も、君のいない寂しさがスクラムを組んでやってきます。でも多くの人の励ましでこの日にたどりつくことができました。
少年審判は終わったけれど、父さんにとっても、彼女にとってもこれからの半生が本当の審判です。そして、父さんなりに事件を見つめ直してみたいと思っています。
さっちゃん。今年はクリスマスを少し、楽に迎えられそうだよ。君がこの3年間、サンタさんに「母さんの声をもう一度聞かせて」とお願いしていたから、父さんはちょっと困っていた。
今は、もう、二人一緒だよね。
今年は、父さんが「二人の声をもう一度聞かせて」とお願してみようかな。
(2004年9月15日、御手洗恭二) |
●小5のクラス |
(4) |
少女Aが小5の時の学校の話だ。
平成15年5月頃だった。
演奏会の練習場のことでクラスの女の子が二つに別れて対立した。少女Aは御手洗怜美(さとみ)さんと同じグループになった。同じ仲間になった、という縁で、二人は交換日記を交わすようになった。日記には、相手グループの女の子の誰かの悪口が書かれていた。
クラスは、この頃から荒れ始めた。
小5のクラス・男の子の話。
「男の子どおしの殴り合いはしょっちゅうだったよ。授業中は、私語だらけだった。ろうかで寝そべる生徒もいた。おとなしい子はいじめれた。だから、学校に来なくなる子もいた」。
複数の保護者の話。
「こんな状態になったのは、ひとえに、担任の教師が原因です。担任は30歳代後半の女性教諭です。
この女性教師は、ヒステリックな人でした。子どもたちが悪さをすると、ただ泣き叫んで叩くだけです。事の善し悪しを言葉で教えることはしない。“そんなやり方では、子どもたちはついて来ないでしょう”と言ったことがある。この女性教師は、“私には、私のやり方がある”とニラミ返してきました。」
子どもたちは、初めは女性の担任の教師のヒステリーに怯えた。だが、しだいにおもしろがるようになる。
やがて、女性教師の醜態を見たくてお互いにけしかけたり、そそのかしたり、もっとやってやれと命じ合うようになる。この頃には、生徒は誰も、女性教師の言うことを聞かなくなっていた。
クラスの状況は、悪化した。
授業中に、私語を注意された男の子がいた。頭を打たれた。「やめなさい」。
その男子は、私語をやめなかった。女性教師の腹を足で蹴り返した。女性教師は泣いた。怯えながら逃げるように教室を飛び出した。逃げる姿を見て生徒たちはあざ笑った。
女性教師は敬意を払われる存在ではなくなった。笑いものの種にされた。
「今週は、何回、泣くかねえ。10回、泣くことに賭けるよ」。
担任の教師は、見下ろされた。クラスの中はイジメもサボりも何でも起きた。
クラスの生徒の保護者の話。
「1学期に転校してきたある男の子は、徹底してイジメられました。とうとういたたまれなくなって、2学期の途中に学区をとびこえて転校しました。
この男の子は、最後は、生きるか、死ぬかというところまで追い詰められていました。
もちろん、その男の子の保護者は、その女性担任の教師に相談にいっています。“何とかします”という返事でした。しかし、この担任の教師は無力でした」。
「その男の子は転校した。イジメの 対象がいなくなった。しかし、イジメは止まらない。誰かが新しいイジメの対象になった。イジメを恐れて不登校になった男子もいた」、(保護者の話)。 |
●小5の女の子たちのいじめ |
(5) |
女子の間にも、陰湿なイジメがくりかえされていた。少女Aの交換した「日記」には、クラスメートのある 女の子の名前が書かれた「ワラ人形」のような絵が描かれている。「みんな、釘を打ってください」と呼びかけているページがある。また別のページには「ムカツキましたコーナー」という欄がある。「嫌いな女の子の悪口」が書かれている。
このコーナーに、少女Aも書いている。「Fは、マジでヒステリーを起していたあ」「はーいって、でけ~声でワーワーワ~言っているもん。コリイねえ」 |
●小5の女性教師は「休職願い」 |
(6) |
崩れゆく学級の秩序は、そのまま 放置されたのではないかもしれない。だが、有効な手は打たれたとは言い難い。「市教育委員会」へは「深刻な事態になっている」という報告はなされていなかった。
担任の女性教師は、手に負えなくなった事態に、しだいに、教育的な熱意を失った。平成16年3月に「休職願い」を出した。
学校側は、休職をさせると学級崩壊を認めることになると思った。休職を思いとどまらせた。新学期から 「2人しかいない仲良し学級」(養護学級)の担任にした。 |
●小5の少女A |
(7) |
小学5年生の少女A。
荒れたクラスの中で、クラスを崩壊させた渦の中心にはいなかった。黙々と好きな絵を描いていた。遠いものを見るように、周囲を見ていた。クラスメートの陰口の話には、それなりに話を合わせてはいた。
少女Aには、クラスの中に好きな男の子がいた。その子は、成績が良く、スポーツもよくできていた。クラスの中でも目立っていた。少女Aは、この男の子の前では、少し恥ずかしそうにしていた。男の子は、社交的な御手洗怜美さんとは気軽に声をかけていた。
怜美さんとは気が合った。よく二人だけでしゃべっていた。クラスのみんながよく見かけている。
その男の子は、2学期の途中に転校した。
この男の子の転校を境にして、少女Aは、少しずつ様子が変わっていく。 |
●少女Aの変貌 |
(8) |
少女Aは、教室の中が騒がしくなると「うるさい」と大声で怒鳴るようになった。男子が大声を立てると、とくに「うるさい」と怒鳴る。
がさつに給食を食べる男の子には「汚い」と言った。露骨に嫌な顔をする。 |
●少女Aの変化 |
(9) |
平成16年2月。
少女Aは、また大きく豹変した。 「ミニ・バスケット」を退部したことが原因だった。
「学校の成績が下がったので、両親がムリやりに諦めさせた」(クラスメートの話)。
少女Aは、家庭の中では、変わった様子を見せない。だが、学校では感情を爆発させた。
(突然に、壁に頭を打ちつけていました)。
「気の弱い男の子を足で蹴り踏み倒して、“うざい”“死ね”とののしっていた」。
(クラスメートの女の子の話)。
少女Aは、この頃「大量殺人の小説」をホームページの中に書き始めている。
少女Aは「バーチャルな欲望」の飢餓を頭の中に充満させ始めている。
「彼女にとってバスケは、現実から入ってくるひとすじの光だった。バスケを辞めて、ひとすじの光が消えた、するとクラスの中は、暗い闇であることに気がついた。少女Aの頭の中に、女性担任の泣き声やヒステリーな悲鳴、クラスメートの騒々しい声が頭の中に入ってくるようになった。クラスの大半が救いようのない愚民に見えた」(新井省吾の観察)。 |
●少女Aは「小6」になった |
(10) |
少女Aは、「6年生」になった。 進級したのだ。
担任の教師が変わった。男性教師だ。新学期の早々この男性教師はクラスの生徒たちに話した。「ぼく
は、本当は好きでこのクラスを受け持ったわけじゃないんだ。ケンカをするならやってくれ。先生の見えないところでやってくれ」。
6年生になってもクラスの中は荒れた。担任の教師は投げやりだった。 |
●事件 |
(11) |
事件が起きたのは、平成16年6月
1日だ。この6月1日の4時間目の授業は、「卒業文集」にのせる「作文のテーマ」について、原稿用紙2枚にまとめる、というのが課題だった。
少女Aは、「人の心理」というものだった。「人がこういう時、どういう気持ちになるのか?どういう表情をするのかを調べる、というのが
おもしろいと思う」(少女Aの話)。
担任の男性教師がこの話を聞いている。「人の心理」というテーマを選んだ生徒は、クラスの中にあと2人いた。
1人は、クラスの少女らが交わした「交換日記」の中で「ワラ人形」にされて、クラスのみんなからノートの中で釘を打たれた女の子だった。
そして、もう1人が御手洗怜美さん(11歳)だった。
この「人の心理」というテーマを3人が選んだ理由は分からない。偶然なのか、3人が話した結果なのかも分からない。
少女Aは、自分のインターネットのホームページの中で「人間関係操作」についての「魔術」を紹介していた。また少女Aは、「交換日記」の中で「心理テスト」のコーナーを設けていた。また、御手洗怜美さんも、「交換日記」の中に「心理テスト」をつくって掲示していた。「みんななら、どーする?」という欄だった。
「怜美さんは、ものを言う時、たびたび人の感情を逆なでするような毒々しさがみられた。怜美さんのホームページが“荒らし”に遭った時には、『ドーセ、アノ人がやっているんだろう。アノ人もこりないわねえ。
ケケケ』と、書いた。怜美さんは、こういう言い回しをする。わざと相手を怒らす心理戦を意図しているようだった」(新井省吾の分析)。 |
●学習ルーム |
(12) |
平成16年6月1日。給食の前の時間だった。教室がざわついている。少女Aは、御手洗怜美さんに近づいていく。
「話があるのよ。ちょっと来てくれる?」。
怜美さんは、「学習ルーム」に連れて行かれる。教室の中でイスに座らせられた。
少女Aは、窓のカーテンを閉める。怜美さんは背中を向けて座っている。
少女Aは、背後から近づき、怜美さんの顎をつかむ。カッターナイフで、怜美さんの喉を一気に切り裂いた。怜美さんはほとんど即死して倒れた。 |
●教室にやってきた少女A |
(13) |
6月1日の「長崎県・佐世保市」の「大久保小学校」。校舎3階に「6年生」の教室がある。
「6年生」の教室は、給食の配膳を終えたばかりだった。おかずは 「酢の物」だ。わかめが入っている。スプーンも並べられている。少女Aの机の上にも、御手洗怜美さんの机の上にも給食が配られた。
「あれ、Aがいないねえ。そういえば、ミタちゃんもいないねぇ。」と担任教師が言う。
その時、教室の前の出入り口に少女Aが立っていた。すうっという感じで立っている。少女Aは、教室の中は入らない。教室の前の席にいる女の子には少女Aの全身の姿が見えた。教室の後ろの方や、ろうか側の席の子には少女Aの姿は見えない。
前の席の女の子には、少女Aの姿も顔もよく見えた。視線がぶつかる。前の席の女の子の顔をちらっと見る。少女Aの眼はいつもと違っている。いつもは黒眼がちなはっきりしたきれいな眼をしていた。教室の前の入り口に立っている少女Aの眼は、パソコンのディスプレーをじっと見つめる時の眼をしていた。 |
●「わたしの血じゃない」 |
(14) |
少女Aは、青っぽいズボンをはいている。その青っぽいズボンは血を吸って、紫色になっいる。白い室内履きのゴムシューズはまっ赤に染まっている。腰のあたりには、血をぬぐったような赤い手形がついていた。
少女Aは、右手に血の付いたタオルを持っている。そして血のついたカッターナイフをしっかりと握っている。
担任の教師が少女Aにかけ寄る。席の前に座っていた女の子は、握っていたスプーンを落とす。がチャッと音がした。
「どこか切ったか?」と教師が叫ぶように訊く。
「違う、違う!わたしのじゃない!わたしの血じゃない」。少女Aは頭を左右にふって、泣き出しそうな声で言う。
教師は、少女Aの右手からカッターナイフをひきはがすように取り上げる。両肩をつかみ、大声で問いただす。
「御手洗は?御手洗はどこ?」
「あっち」
少女Aの身体は、肩を揺さぶられるたびに前後にグラグラと揺れた。髪の毛がふわふわと弾んだ。
少女Aは、また言った。
「あっち」。
同じ階の「学習ルーム」の方を指さした。眼は、まだパソコンのデイスプレーを見つめているような、遠くを見つめている眼の色をしている。
教師は、少女Aの虚ろな眼の色をじっと見た。教師は、少女Aをろうかに残したまま、教室の戸をがチャッと閉めた。
教室の隅にある自分の机に戻ってイスに座り込む。机の上に置いてあるお茶をごくっと飲む。顔色は青白くなっている。眼は引きつっていた。
ガラッと教室の前の出入り口の戸が開く。少女Aが顔をのぞかせる。
「先生、大変よ!早く救急車を呼んで!」
男性教師は、少女Aに言われて立ち上がった。よろよろと教室を飛び出した。そして、教室には、少女Aと、教師の2人ともいなくなった。 |
●「小6クラスの生徒たち」 |
(15) |
教室の前の席に座っていた女の子は、少女Aと担任教師の二人をはげしい思いで見ていた。
教室の生徒もじっと少女Aと担任の教師を見ていた。
二人がいなくなる。みんなあっけにとられてしんと静まりかえっている。
やがて一人の男の子が席を立つ。
「今のは、なんやろかね?」
その男の子が教室の窓からろうかに首を出してみる。
「おおっ! 見てみ! あれ、血じなかとねー、すっげー、血がたまっとるよー。」
クラスのみんなが窓から首を出す。女の子も首を出してろうかをのぞいた。
ろうかには、赤い血の足跡がぺたぺたとつづいていた。教室の前で止まっている。赤い足跡は赤いバラの 花びらのかたまりを落としたように鮮烈だった。
「御手洗が死んじゃうんじゃなかろうか!!」
「縁起でもないことを言うな!」と誰かが怒鳴る。数人の女子がわっと泣き出した。 |
●担任教師の悲鳴が聞こえた |
(16) |
担任の男性教師は「学習ルーム」に走ってとびこんだ。御手洗怜美さんが引き手の近くに、うつ伏せの状態 で倒れている。身体の下はどす黒い血がどろどろと広がっていた。衣服は、血を絞れるほど血を吸っている。戸の内側には血の爪の跡が付いている。這って、入り口まで来たのだ。いったんは倒れて、また立ち上がったかもしれない。イスの位置から戸の辺りまで床は血みどろだった。
担任の教師は、御手洗怜美さんの喉に赤い裂け目がぱっくり広がっているのを見る。すぐには、死んでいるという事実を受け容れられない。なんとか処置をしようと空虚な頭で考えた。怜美さんの左手を見る。手の甲もカッターナイフで、骨が見えるほど切り裂かれていた。その左手を高く持ち上げた。「止血をしなくっちゃ」と思ったのだ。血は下へ流れる。手を上に上げれば血が止まるかもしれない。教師は、高く上げた左 手の甲を見る。血は流れない。よかった、止まったと思う。だが、怜美さんの血は、身体の中から全部、すっかり流れ出してしまっていたのだ。
教師は、はっとその事実に気づく。「6年生」のクラスの生徒は、「学習ルーム」から、担任の教師のあげる哀しげな悲鳴の声を訊いた。 |
●よろぼい歩きの少女A |
(17) |
少女Aは、3階のろうかをよろぼい歩きで歩いていた。よろよろとよろめいている。5年生の担任の女性教師が、少女Aを見つける。かけよって少女Aの手を握った。全身、血みどろだ。血のついたタオルを握りしめている。女性教師は、なぜか、全てが呑みこめた。
「わたしはどうなるのでしょうか?」と少女Aがすがりつく眼で訊ねた。
パソコンのディスプレーを見つめている眼の色をしている。
「大人たちがちゃんとやってくれるから、だいじょうぶよ」と女性教師は言う。それ以上の言葉がどうしても出て来ない。 |
●「泣くなら他へいって泣け!!」 |
(18) |
通報を受けて救急隊員3名がやってきた。2名が「学習ルーム」に向かった。残り1名はストレッチャーを持って、少し遅れて「学習ルーム」に入った。
「6年生」の担任の教師は、「学習ルーム」から出た横手の階段に座っていた。両手で頭をおおってしくしくと泣いていた。「学習ルーム」には誰もいない。喉を切り裂かれて倒れている御手洗怜美さんの遺体のほかには、誰も学校関係者はいなかった。
事情がわからない救急隊員が「6年生担任」の教師にいきさつを訊く。担任教師は、何も言わない。ただ、しくしくと泣いている。
救急隊員は、腹が立つ。さっぱり 要領を得ない。哀れになった女の子に、なぜ、誰も付き添っていないのか。なんて不人情な学校なんだ、ここは。
「泣くなら、ほかへ行って泣け!」。
救急隊員は怒りがこみ上げて怒鳴った。 |
●「わたしがやりました」 |
(19) |
少女Aは、まだ近くにいた。救急隊員は、少女Aに事情を訊く。
少女Aはこう言った。
「わたしがやりました」。
落ちついた声だった。隊員は驚愕した。美少女なのに、しかし眼が普通ではない。遠くを見ている眼の色だ。「ミタちゃん。助けてあげて」と少女Aは言った。
「おじちゃんが助けてちゃるけん、心配することなか」。
しかし、隊員は遺体になっている御手洗怜美さんをすでに見ている。「助けてあげて」と哀願したときの眼は、哀しげな色をした11歳の女の子の眼をしていた。
だが、この眼が10数分前には遠くを見る残忍な眼をしていたのだ。
そう思った救急隊員は、突然、脚がヒザから震えはじめた。
「震えはいつまでも止まりませんでした」(救急隊員の話) |
●突然の凶事 |
(20) |
「6年生のクラス」には社会科の先生が飛びこんできた。
「窓を閉めろ、それから給食は残してもいいぞ」。
「みんな、パソコン教室に移れ」。
生徒の全員が移動させられた。
「パソコン教室」で、男の子がインターネットを開く。さっきのことがもう「事件」になって伝えられている。
「被害者が死亡した」というニュースが流れている。
「御手洗が死んだってよ」
ネットを見た男の子が沈んだ眼をしてぽそっとつぶやく。その言葉にクラスの生徒は、一瞬、ざわざわと ざわついた。
だが、すぐに誰も、一言もものを言わなくなった。教室の前で少女Aと教師を見ていた女の子は、あまりに突然の凶事に、哀しみも恐ろしさも実感できなかった。
クラスの生徒のみんなの頭の中は、ただ、真っ白になっていた。 |
●少女Aの両親 |
(21) |
少女Aの家は、佐世保市の小高い山の頂きの近辺にある。佐世保市は、山の多いところなのだ。
少女Aの父親と母親は、事件の直後、マスコミから押しかけられた。
「娘の変化には、全く気づきませんでした」と父親がくりかえした。
6月2日。少女Aの父親と母親を訪ねた。
部屋の中は、カーテンが開かれている。もうマスコミものぞきこんでいないからだ。陽がすっかり落ちて、あたりは暗い。
部屋の中に父親がいた。Tシャツに短パンの姿だ。側の小さな「ちゃぶ台」にはビールのビンが一本とコップに半分のビールが並んでいる。
父親は、窓を背にして背を丸くして座っている。じっと、ダルマのように動かない。母親が、ソファに座っている。足を組んでいる。タバコを吸っていた。ソバージュの髪を時々、指でかき上げている。
母親は、時々、父親の顔を見る。何も話さない。母親は、タバコを一本吸い終わると、また新しいタバコに火をつけた・
コツコツと窓を叩く音がする。ぎくりとした母親が窓に顔を近づける。「ああ、びっくりした」という声が母親の声が入口で聞こえる。マスコミが来た、と父親に告げた。父親は、ちらっと母親の顔を見る。すぐに、手刀を横に切った。カーテンを閉めろ、マスコミを断れ、という合図だ。少女Aの犯行動機について訊ねてみる。
「今は話せません。謝罪が受け容れられた後に、みなさんの前できちんとお話をします」。
父親は、虚ろな表情を向けて答えた。 |
●事件後の「小6のクラス」 |
(22) |
事件の後の「6年生」の教室。
御手洗怜美さんの机の上には白いユリの花とピンクのバラの花を活けた花ビンが置かれている。少女Aの机はもう無い。
すぐに撤去されたのだ。撤去されたのは、教室の後に貼ってあった少女Aの絵、習字もだった。すぐにはがされた。
校長先生は、「早く忘れましょうね」と話した。先生たちは、誰も少女Aの名前を口にしない。後の壁は、少女Aの絵、習字のところだけ、ぽっかりと空いている。
担任の教師は、事件の当日以来、生徒たちの前から姿を消した。ショックのあまり、一時、入院した。その後「自宅療養」をしている。「市教委」に提出した診断書には「心因反応」のため、と書かれている。
「遺族の怜美さんの父親の気丈さに比べて、あまりの惰弱ぶりじゃないか。キズついた子どもたちの心のケアを放り出している。担任としての自覚と矜持に欠けている」(保護者らの発言)。
2学期からは、この「6年生」のクラスは、別の教諭が担任を務めることが決まった。 |