■「悪」や「善」に象徴される抽象名詞がない、抽象の観念がないということは、これは、そのまま、「現実の社会」に直面すると、「見ているのに、しかし見ていない」、「聞いている。しかし、聞いていない」という「離人症」を生起します。
その具体的な症状は、次のとおりです。
◎ウェルニッケ失語症の事例
(『脳のしくみとはたらき』クリスティーヌ・テンプル。講談社・BLUE BACKSよりリライト・再構成)
「しかし、このときが初めてです、私はいずれにしても何年も初めて考えました。
私は病(やまい)の人です。
病気ではありません。正常です。変な若者から、何か言われたような気がします。
このときは、私は意識を本当に失ったのです。その彼は(ジャルゴン失語)、うーん(ジャルゴン失語)、私は家に帰ったのかもしれないことを意味し、二、三時間、何かを話していたかもしれないことを意味します。しかし、私はそのことを何も思い出さないのです。私は、おそらく仕事から外されたのでしょう。そのことを考えたくなくて、誰かと話をしながら眠っていたとも思えます。そうじゃないですか?(ジャルゴン失語)。変な若者とは、私の記憶の中にいつもいる人物とは限りません。実際に思い浮べると、親密に語りかけてくるし、会話もはずむからです。
問題は、私が病(やまい)の時と病(やまい)の時でない時の境界が自分でもはっきりしないことにあります。ともかく、飼っている猫は元気なので何の問題もありません。」
◎クリスティーヌ・テンプルの解説
?ウェルニッケ失語症は、たいへん流暢(りゅうちょう・すらすらと話して言葉遣いによどみがないこと)である。これにたいして「ブローカー失語症」は流暢(りゅうちょう)ではなく、沈黙するか、問われたことに返事しないこともある。断片的に、その時、その時に思い浮んだ言葉を話す。
?ウェルニッケ失語症は、その話される言葉の内容を理解するのが困難である。理由は、話の脈絡の中に、その脈絡と不適合を起こす言葉や話の内容の筋道に逸脱を生じさせる言葉が話されるからだ。自分でも意味不明の言葉として言いあらわされるこのような言葉群を「ジャルゴン失語」という。「ジャルゴン」とは、聞いている人間にも、「その言葉の意味は何か?」と問われた時に「厳密な意味」を説明できないという意味で「訳のわからないちんぷんかんぷん語」のことをいう。
?ウェルニッケ失語症の特徴は、話の意味の脈絡の統一のためには「正しくない言葉」を使う。その言葉(単語)は「名詞」「形容詞」のいずれであっても解読するのが困難な「錯誤性」をあらわす。
?古典的なウェルニッケ失語症は「話し言葉」としての文法はよく保たれている。
しかし、現代のウェルニッケ失語症は、言葉(単語)の「ジャルゴン」ではなく、「説明すること」「記述すること」「伝えること」という「脈絡のジャルゴン」が多くなる。
?では、「ブローカー失語症」とはどういうものか。
「言語」の産生の欠落の失語症というものだ。
一般的には「もの忘れ」「健忘症」と取り違えられるが、同じものではない。言葉を思い出せないとか、断片的な言葉しか話せないというのではない。なぜかといえば、ブローカー失語症は、「ほんの少しの言葉しか産生できない場合」と「豊富な言葉を産生できる場合」との二通りがあるからだ。
?すると「ブローカー失語症」の特質は何かというと、「自分について、あるいは自分の周辺」の理解(=認知)はあるが、しかし、その「認知の対象」を「認識としての言葉」で構成して順序立てることが困難であるという「障害」であるということになる。
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