「私が学生の頃は、うつ病になった人は人口比で1パーセントから2パーセントだった。今は、生涯有病率といって一生のうちに一回うつ病になる率が15パーセントといわれている。
しかも、女性は5人に1人がうつ病になる。男性は、10人に1人だ。10代から20代の若い人や子どもの間で、うつ病がものすごく増えている。」
「精神科医として治療する中で、うつ病と鬱(うつ)っぽい感じの境界をハッキリさせなければならないと思っている。あなたの場合、うつ病ではない。こういう悲しいことがあれば誰だってしばらくは憂うつになる。時間がたてば回復する、と話すことがある。
多くの人は、ここで、じゃあ、私のこの憂うつな気分は何ですか?と逆に不安になっている」
「大塚明彦が『その痛みはうつ病かもしれません』という本を書いた。体のあっちこっちが痛い人が、内科などで検査をしてもらった結果、正常だと言われる。ここで、痛いんです、いや正常です、というくりかえしになる。
疲れ果てて、実は、あなたはうつ病でした、と言うと、本人も心からナットクするという。
うつ病ではないと言われると、自分の考え方とか生き方の問題に直面する。自分でとりくまなければならない。
しかし、あなたはうつ病です、と言われると、病人になる。病人は何もしなくてもいい。お任せします、と言えばすむ。受け身の立場で手当てされたい。ケアもされたい。流行の言葉でいえば、癒(いや)されたい、ということであるようだ」
「一九八○年代から、アメリカ的な精神医学が急速に日本に入ってきた。一九八○年にアメリカ精神医学会が発表した『DSM‐Ⅲ』というアメリカ式の診断基準をつかうようになった。今は『DSM‐Ⅳ』(第4版)が世界中でスタンダードに使われている。
この『DSM‐Ⅳ』は、鬱(うつ)の背景を、一切、問わないことになっている。失業して鬱(うつ)になっても、脳に問題があって鬱(うつ)になっても、貧困などの社会的要因で鬱(うつ)になっても、その症状が2週間以上つづけば鬱(うつ)病ということにする、というシンプルな診断の仕方になった。
私たちが学生のころは、うつ病は、心因性、内因性、外因性としっかり区別しろ、と言われた。
内因性のうつ病は、きっかけが何もなくてもうつになる。体の中に目覚し時計があって、時間になるとジリジリと鳴るように鬱(うつ)になるというものだ。外因性とは、アルコールだとか、頭を打ったとか、などの原因で起こる鬱(うつ)のことだ。心因性というのは、失恋したなどの悲しさが心因性の鬱(うつ)の反応を起こしているにすぎない、というものだ」
「今、精神科医は、自分で自分の首を絞めている状態だ。これまでの病因法から、DSM‐Ⅲの診断に急に変えたから、朝青龍(あさしょうりゅう)や安倍前首相も、鬱病になる」
「二○○六年、日本では自殺者が3万2千人を超えた。9年連続で3万人を超えている。これまでの8年をふりかえると、自殺の原因は、やはり経済的な理由だといわれていた。
ところが、二○○六年は、一応、不況は脱したことになっている。格差はあるにせよ、景気はいい状態だった。
にもかかわらず日本人の自殺者は減っていない。」 |