「自分は病理を抱えている」という自覚を持てない病理が「障害」である |
茂木俊彦(東京都立大学教授、総長)は、『障害児教育を考える』(岩波新書)の中で、「世界は、今、心身の病理をどうとらえているか?」について、次のように書いています。
① 2006年12月。第61回国連総会は「障害のある人の権利に関する条約」(障害者権利条約)を満場一致で採択した。
この「障害者権利条約」の目的は次のようなものだ。
「障害のある人の全ての人権および基本的自由の完全な平等を促進、保護し、そして確保することだ。さらに、障害のある人の固有の尊厳の尊重を促進することが目的だ」。
② 1960年代の後半から、国連をはじめとする国際的な機関や会議で、「障害者の権利」について包括的に審議され、合意内容が文書化された。これらは各国に向けて発信されるようになった。
③ 1975年。「障害者の権利に関する宣言」が国連総会で決議された。1981年は「国際障害者年」、1983年から1992年は「国連・障害者の10年」という国際的共同行動がおこなわれた。テーマは「完全参加と平等」だった。
④ 2001年。WHO(世界保健機関)は、「障害の理論モデルと分類」(ICF)を発表した。これは「生活機能分類—国際障害分類・決定版」として提示された。 |
「健全な状態」の基準に「障害」を位置づけた |
◎ICF
- 「生活機能」を「心身機能・身体構造」—「活動」—「参加」という三つのレベルに区分する。
- この三つの区分に「機能障害」—「活動制限」—「参加制約」というように、「障害」を位置づける。
- この位置づけの考え方はこうだ。人間は、「心身の機能」を働かせてさまざまな「活動」を展開し、また、社会のあらゆる分野に参加する「権利」を有する存在だ。
このことは、「障害」の有無に関係なく、誰にも当てはまる。
- すると、「障害」は、「活動」と「参加」に困難をもたらす。それが「障害」による「活動制限」と「参加制約」だ。
注・制限…ここまでは許される、ここからは許されないという限界のこと。
制約…ある条件を課して自由にさせないこと。
用例
「自動車には、乗せてもよい重量の制限がある」。
「この道路は、時間によって通行してもよい、通行してはいけないという制約がある」。
- この「活動の制限」と「参加の制約」という困難は、「環境整備」のあり方、度合いがどうであるかによって変わってくる。
- 「環境整備」とは次のようなものだ。
道路、建造物のバリアフリー化
屋内、屋外の移動時の手助け
手話通訳などの助けをはじめとするコミュニケーション支援
教育現場における教材の作成、教え方、教授法の工夫、開発
- 生活、社会性の場面での物理的・人的サポートという「環境整備」を徹底していけば「活動制限」と「参加制約」は限りなくゼロに近づいていく。
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LD、ADHD、アスペルガー症候群もテーマになった |
⑤ 「活動の制限」は、人間の「発達」に影響を与える。
- 成人の障害の場合……その人が、その年齢までの発達の過程で獲得して使ってきた「言語」や「運動」の能力の低下が起こる。リハビリテーションでは、これらの能力の「原状回復」を目指すのを基本とする。必要に応じて、「言語」や「運動」以外の「機能」にも目を向けてそれらを強化する。「生きる意欲の喪失」があれば、それ以上の「落ち込み」をくいとめて、「積極的に生きていける自己」を新たに形成するのを「支援」する。
「成人」は、当の本人に「働きかけの基盤」が形づくられている。
「障害」による「活動の制限」に対応するための「能力」と「人格」にかかわる「蓄え」がある。
- 子どもの障害の場合……心身の諸能力を獲得していく途上にある。「障害」は、諸能力を獲得して発達させていくことを「抑制」してしまう可能性が高い。
注 抑制……すでにとりきめられている型を抑え込むこと。能力の形成や価値意識、自己意識の発達に影響が及ぶことがありうる。
注 自己意識……自分が今、何をおこなっているか、自分の行動を自覚しているか、他者と自分はどこが異なっている主体かを理解している観念のこと。
価値意識……自分は役に立って、他者から必要とされる存在であるというように、自分を喜びや安心を生み出す存在と評価する観念のこと。
- 現在、この「自己意識」や「価値意識」による「自己肯定感の育ちそびれ」の「障害」として、LD(学習障害)、ADHD(注意多動性障害)、アスペルガー症候群(高機能の自閉症)への支援に目が向けられている。
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「原因」の解明よりも「支援」の必要を優先させている |
■茂木俊彦が紹介するWHO(世界保健機関)が提起して、世界の20ヵ国で採択した「国際生活機能分類—国際障害分類」(ICF)は、「病理」を「障害」と言い換えていることに注目する必要があります。これは、「原因は何か?」「どういう因果で、このような病理としての障害が生成されているのか?」を問わないということです。とくに、LDやADHD、アスペルガー症候群という病理が浮上するようになってから「原因」に対する病理学的な追究は止まっています。
榊原洋一(東京大学医学部付属病院小児科医長)は『多動性障害児』(講談社+α新書)の中でこうのべています。
①「多動性障害」は、初めは「多動性症候群」と「注意欠陥症候群」を別々に調査していた。(WHO・世界保健機関)。
「多動性」が主症状として注目された。WHOによる「疫学調査結果」は次のとおりである。
◎スウェーデン(1982年)
対象年齢…6歳~7歳
頻度(%)
ADHD…2%
ADD(注意欠陥障害)…0%
PH(広汎性多動)…0%
◎アメリカ(1985年)
対象年齢…9歳
頻度(%)
ADHD(注意欠陥多動性障害)…14%
ADD(注意欠陥障害)…2%
PH(広汎性多動)…2%
◎中国(1985年)
対象年齢…7歳~14歳
頻度(%)
ADHD(注意欠陥多動性障害)…5・8%
ADD…0%
PH…0%
◎ニュージーランド(1987年)
対象年齢…11歳
頻度(%)
ADHD(注意欠陥多動性障害)…6・6%
ADD(注意欠陥障害)…1%
PH(広汎性多動)…4・4%
◎プエルトリコ(1988年)
対象年齢…4歳~16歳
頻度(%)
ADHD(注意欠陥多動性障害)…9・5%
ADD…0%
PH…0%
◎カナダ(1989年)
対象年齢…4歳~16歳
頻度(%)
ADHD(注意欠陥多動性障害)…6・3%
ADD(注意欠陥障害)…1・4%
PH(広汎性多動)…0・5%
◎イギリス(1991年)
対象年齢…6歳~7歳
頻度(%)
ADHD(注意欠陥多動性障害)…17%
ADD(注意欠陥障害)…1・5%
PH(広汎性多動)…9%
◎日本(平成18年5月現在。文部科学省調査。学級担任を含む複数の教員による判断にもとづく回答)
対象年齢…義務教育段階の全児童(1086万人)
LD(学習障害)、ADHD(注意欠陥多動性障害)…6・3%
通級による指導(通級による指導のための教室)(通常学級の学習におおむね参加できる程度の障害児を主な対象とする。通常学級に生活の場を置き、障害の軽減と補習的学習のために週に1~3時間、この教室に通う。1993年から設置)…約4万1千人(0・38%)
(注・視覚障害、自閉症、聴覚障害、情緒障害、肢体不自由、言語障害、病弱・身体虚弱なども加えた数値。調査は平成14年、『障害児教育を考える』茂木俊彦による)
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脳のハードウェアの機能に原因が求められた |
② アメリカの神経学者アイオワ大学教授のダマシオは、「右脳・前頭葉に障害があると運動、知覚、記憶、理性に障害が生じる」という説を発表した。また、アメリカのザメキン(ザメトキン)は、CTスキャン、MRIの測定によって「左脳・前頭葉」に障害があると、「注意力、注意力の持続、計算、新しい知的刺激に注意を向ける能力に障害があらわれる」という説を発表した。
さらに、アメリカのギードは、右脳と左脳をつなぐ脳梁(のうりょう)の減少によって前頭葉の機能低下が「多動性」に関係していると発表した。
③ アメリカでは、1960年ごろから「学習障害」(LD)に関心が集まった。LDの原因の「多動症」による障害は小学生から高校生までの全生徒の4%から16%に達するとされた。日本でも、子どもの3%は「多動性障害」と考えられている。「多動性障害」は確実に増えつづけている。
1977年に、アメリカのエール大学の研究者が、「脳におけるドーパミンの代謝スピードが遅い」ことが「多動性障害」を引き起こしていると結論した。
そこで、リタリンを投与して「多動」を抑えることが試みられた。
1986年の年間リタリンの使用量は2000キログラムだった。
13万人分だ。さらに1986年から1995年の10年間にリタリンの使用量は4倍に増えて9000キログラムになった。
最近は1万キログラムを超えている。一説では400万人がリタリンを服用しているといわれている。
④ 「多動性障害」の子どもをずっと追跡していく、という調査がある。まず「多動症状」がしだいに軽快していく。そして「注意欠陥」や「衝動性」などの症状も、10歳をすぎる頃から5年ごとに50%の割合で軽快し、消失していく。
そして大人になるとそのほとんどの症状が消失する、と思われていた。
ところが、子どもの頃に「多動性障害」であった「成人」に「心理テスト」をおこなって調査してみると「多動性障害」はいちじるしく残っていることが明らかになった。
「落ち着きがない」「衝動性」「不注意」などの傾向が残っている。
「社会生活」の場面では、「仕事でつねに失敗する」「職場での人間関係がうまくいかず孤立する」「転職が多い」「仕事を辞めさせられる」などの「症状」を示すことが多い。
「成人」になると「多動の症状」を示すことが少ない。しかし「注意欠陥障害」(ADD)が前面に出てくる。 |
LD、ADHD、アスペルガー症候群は、成人になって子どもに影響していく |
⑤ アメリカでは、「大人のADDがある」ことは、当然のこととして受け容れられている。「大人」になって初めて「ADD」(注意欠陥障害)と診断されている人もいる。子どもが「多動性障害」と診断されたことが、その「母親」「父親」もADD(注意欠陥障害)の診断につながっているケースもあるという。
⑥ アメリカでは、ADD(注意欠陥障害)の「障害」を「どうやって問題を解決するのか」の「ハウツー物」の本は大人気のようだ。
電子手帳、ボイスレコーダーを使って「忘れやすさ」を防ぐ、コンピュータソフトを使って不注意が原因する失敗を防ぐ、「ライフコーチング」という秘書のように個人のスケジュール管理をするサービスも紹介されている。
⑦ 「多動性障害」の子どもの一部は、成人しても「注意欠陥」や「衝動性」などの症状が消失しないで残る、ということは事実のようだ。ニューヨークでおこなわれた調査では、6歳~12歳で「多動性障害」と診断された子どもを16歳~23歳まで追跡している。40%にADD(注意欠陥障害)が残っているという。また27%に「行為障害」が確認されている。30歳になれば症状がなくなるのか?あるいは、ADD(注意欠陥障害)は一生続くのか?については、信頼に足る調査報告はないのが現状だ。
注行為障害(DSM‐4による精神疾患のカテゴリー)。次の項目のうち三つ以上が確認されることが要件。
1.しばしば他人をいじめて威嚇(いかく)する。
2.しばしば、とっくみ合いのケンカをする。
3.他人に危害を与える武器を持つ。
4.人にたいして身体的に残酷であったことがある。
5.動物にたいして身体的に残酷であったことがある。
6.被害者に面と向かって盗みをしたことがある。
7.性行為を強要したことがある。
8.重大な損害をもたらす放火をしたことがある。
9.わざと他人の所有物をこわしたことがある。
10.他人の住居、建物に侵入したことがある。
11.物、人の好意を得るために、また、自分の義務を逃れるためにしばしば嘘をつく。
12.被害者に面と向かい合うことなく、多少価値のある物品を盗んだことがある。
13.13歳ごろから、親の禁止を聞かずにしばしば夜遅く外出する。
14.親以外の人の家に住み、無断で外泊したことが2回はある。
15.13歳から始まってしばしば学校を怠ける。 |
バブル経済を生んだプラグマティズムが世界の共通認識になった |
■榊原洋一は、アメリカを中心として、WHO(世界保健機関)が、脳の働きの「ハードウェア」に社会的な異常原動や異常行動の原因があるのではないか?という説を受け容れていく傾向を説明しています。これは、あまりにも多くなっていく「社会病理」としてのLDやADHD、アスペルガー症候群の原因を正しく理解することよりも、原因を生成する現実に呑み込まれていく姿でもあります。いいかえると、「原因」を「脳のハードウェア」に求めて特定化するというプラグマティズム(生活に役に立つかどうか?をものの考え方にする機能主義の哲学のこと)がLDやADHD、アスペルガー症候群を生成しているという世界の現実を見て取ることができます。
WHO(世界保健機関)は、LD、ADHD、アスペルガー症候群を生成する「人間の脳の働き方のメタ言語の生成のメカニズム」の解明に迫る「ボールビーの愛着のシステムの提唱」からはるかに遠ざかっています。
「エインズワースの愛着の測定法『ストレンジ・シチュエーション』の研究発表」、「フィールドによる、愛着の不安定は、母親のうつ的な同期と同調による乳児へのうつの生成」などの「メタ言語」や、「イメージスキーマ」(マンドラー、バウアーらの乳児の観察と研究)が「共同幻想」へとつづく生成の道のりの追究から遠ざかっています。それが「障害」という概念の内容です。そして「障害」を所与の現実ととらえて、「行動の制限」、「参加の制約」という病理に「支援」という「交渉戦術」の概念を打ち出したのです。それが「国際生活機能分類と国際障害分類のモデル」(ICF)の実体です。
「ICF」を支持して、「障害」のもたらす「活動の制限」と「参加の制約」をどのように「支援するか?」について、茂木俊彦は、次のようにのべます。 |
日本も「特殊教育」から「特別支援教育」に移行した(2007年4月) |
① 日本の「特別支援教育」では、LD、ADHD、アスペルガー症候群(高機能自閉症)を対象とすることになった。
② LD
知的障害はないのに、読むこと、書くこと、計算することの障害のことだ。Dyslexia(ディスレキシア)という。Dis(ディス・不充分、不適切)、lexis(レキシズ・単語、言語)からなる概念だ。言語の「音素」の識別に困難がともなう。
単語の「音節」の聞き取りが難しい。単語の読み取りと、書き取りがうまくいかない。「考えたこと」を口頭や文章で表現することがうまくいかない。「上下、左右」「前後」などの「空間性の中の把握」「速い、遅い」「今日、明日など時間関係の認知と認識」の記憶が乏しい。文字を鏡に写したように書く「鏡像文字」を書く。「かな文字」の一字、一字は書くが、単語や文が書けない。文の一字、一字は読めるが「雨だれ式」のポツポツと区切った読み方をして単語の概念として認識できない。
よく知らないものごと、事柄を耳だけで聞いて憶えたり、気に入って憶えてその言葉をよく使って話す(バーバリズム。言葉の意味という知識の確かさを確認する必要がある)。
数字の「35」を「53」と取り違えて読んだり書いたりする、などが「障害」だ。日本語は、鈴木孝夫のいうように「音声言語」のレベルで「単語」を「音節」に分解することと「音節と文字の対応関係が把握しやすい」ことからLDのディスレキシアは少ないといわれているが、必ずしもはっきりしていない。今後のくわしい調査が待たれる。
子どもの生活、学校生活における「学習指導」に原因があって「読み書き」にいくらかの困難が出ているのに「この子はLDだ」と考えてしまう危険性も内包している。
③ ADHD
カーク、A・シュトラウスは、多動性、衝動性、注意欠陥や集中困難を「微細脳損傷」(脳障害児)と記載している。しかし幼児期は「多動性」が目立つ例があるので診断は、必ずしも容易ではない。余計な刺激に反応することが特徴だ。授業中の立ち歩き、教室や廊下を走り回る、外に飛び出すなどの「多動性」がいちじるしい。目に入ったものを取りたいと思うとすぐ行動する、友だちの行為が気に入らないと蹴る、つかみかかる、殴りかかる、突き倒すという「衝動性」が目立つ。だが、家庭生活の実態、子育てのあり方によっても認められることに注意が必要である。 |
「アスペルガー症候群」との「交渉戦術」のモデル |
④ アスペルガー症候群(高機能自閉症)
◎ 森口奈緒美さん(手記『変光星—自閉の少女に見えていた世界』花風社、2004年)のケース
- 見知らぬ人が電車の中に次々と入ってくる。自分の領分などおかまいなしに、予測のつかない場所に立つ、座る。停車のたびに彼らは、私の目の前を横切る。そして座る。
- そうした出来事が恐ろしい。
私は、手足をバタバタさせて、大声で叫ぶ。それでも人は通るのをやめない。
- 電車は、要らない駅でわざわざ止まる。そして余計な人を乗せてくるのだ。しかしこれは、自分の電車なのだから、できるなら目的地までまっすぐ直行してほしかった。
私には、今、思うと、公共の場所、という概念がまるで無かった。
◎ 河相美和子さん(神奈川県の養護学校教師「発達保障ゼミナール」全国障害者研究会主催・2007年)のゼミの発言。
- 自閉の子は、感覚過敏な子が多いといわれる。触られることに敏感な子がいる。泥んこ遊び、うた遊びでおこなうくすぐり遊び、年度初めの検診のときに、そのように感じる。
- しかし、そういうことがずっといつまでも嫌いかというと、そうでもない。自閉の子は、友だちが泥だらけになって遊んでいるのを遠くから見ている。
- 自閉の子は「慎重なのだろう」と思う。おもしろそうだな、やってみようかなと思って実際にやってみるまでにたくさんの時間がかかるのだ。彼らは、友だちの活動を見ていないのではない、ということに気づく。
- ちらちらと見る。近づいてはまた離れる。これをくりかえす。きっと、やってみたいな、でもこわいな、でも、でもやってみようかな、でもやっぱり嫌かな…と「行きつ戻りつ」がある。その「行きつ戻りつ」が彼らにはとても大事であるようなのだ。
- しかし、だからといってただ見守っているというのではいけないと思う。
活動に気持ちを向けるには友だちや大人の存在が欠かせない。
- 信用している大人が、泥んこを少しだけ入れた容器を目の前に置く。こういうほんの少しの後押しが大きな応援になるのだと思う。
- 泥んこ遊びに自分から参加できた時には、本人自身が「できるようになった」という実感をつよく持てる。それを友だちや大人と共有できることが、とても大切なのだと思う。
◎三浦千賀子さん(大阪の教師『自閉症の中学生とともに—松原六中・青空学級担任日誌』未来社・2006年)のケース
- 知世(ちせ)ちゃんと出会ったのは中学一年生の時だ。
知世ちゃんは、私と決して目を合わせようとはしない。オルガンの上に上がろうとする。食器棚のガラス戸を外そうとして、あっという間に外して両手で抱えて舐(な)めようとする。
- 私は、知世ちゃんの姿を確かめながら折り紙をする。切り絵をつくる。
「わあ、きれいな模様になった」「できた!!時計だ!かわいいなあー、腕に巻いてみようっと」。
一人芝居をつづける。知世ちゃんの視線が私の手元に向いているのに気づく。
- 知世ちゃんを絵本の世界に導き入れたいと思う。あれこれと試みるが乗ってこない。
『あいうえおえほん』(とだこうしろう作)を開いて、「2」のところで「手のひらを太陽に」を歌う。
知世ちゃんは本をじっと見ていることに気づく。知世ちゃんは、歌が好きなのだ!
- 「とんぼの絵のページ」で『赤とんぼ』を歌う。知世ちゃんの顔が優しく、うっとりした表情になる。「負われてみたのは、いつの日か♪」のフレーズで、知世ちゃんはささっと窓ぎわに走り寄る。指で丸い輪をつくり、その輪の中から空を見上げた。
知世ちゃんは、丸い指の輪の向こうに赤い夕焼け空を見ているのだ。
それは、とっても可憐(かれん)な姿だった。
- 一年生の二学期。知世ちゃんの手に軽く手を乗せて話しかける。
アニメ映画『対馬丸』(沖縄からの学童疎開の船、対馬丸が学童を乗せて航海するストーリー。対馬丸は、攻撃されて沈没する)についてだ。知世ちゃんは手にエンピツを持っている。私も、エンピツを持って、紙に書く。筆談だ。
(知世ちゃん、土曜日、映画を見たね。なんという映画でしたか?)
(つしままる)
(どんなことがおこった時の映画ですか?)
(せんそう)
(なんで対馬丸という船に乗ったの?)
(そかいをするため)
(そかいってなに?)
(せんそうで、家がやかれるので、ちがうところへいって、せいかつさせます)
(中略)
(みんなが死んだことは村の人びとに知らされましたか?)
(いいえ)
(なぜ知らせないの?)
(せんそうのときは、ほんとうのことを知らせないのです)
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「アスペルガー症候群」との交渉の基準とはこういうものです |
■ここにご紹介している「高機能自閉症・アスペルガー症候群」の子どもへの「教師」の関わり方が大人の「アスペルガー症候群」との交渉モデルになります。
「日本型のアスペルガー症候群」は、エインズワース(アメリカの発達心理学者)が開発した『ストレンジ・シチュエーション』(『愛着』の測定法)による「愛着が安定しているか、不安定か?」の測定結果の「Aパターン」「Bパターン」「Cパターン」の全てから生成されます。「Dパターン」は「強迫観念」の域でとどまります。
◎『ストレンジ・シチュエーション』による「愛着」の分類
Aパターン…回避型。
子どもは、「愛着」をわずかにしか示さない。親密でパーソナルな関係の行動をおこなわない。(アメリカ人に多い母親を無視するパターンといわれる)。
Bパターン…安定型の「愛着」の子ども。
日本人に多いパターンといわれる。母親の姿を見るとリラックスして喜びを示す。
Cパターン…抵抗型の「愛着」を示す。
母親にかんしゃくを起こし、しがみつき、ぐずる。「愛着」の対象に過剰に依存する。母親に「敵意」を向ける。
Dパターン…劣悪な母子関係で見られる「不適応な行動」をつくる不安定な「愛着」のパターン。
親に非常な敵意を向けて、極端な混乱や恐怖を示す。
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「Y経路」の行動対象と、行動の言葉の記憶を目的にしましょう |
この「愛着のパターン」は、「探索行動」に影響します。
そして、追跡調査では、成人してからの対人関係の原型になります。日本人には「Bパターン」が多いのは、脳の働き方の「メタ言語」の生成が「X経路中心」であるためです。日本人は「家の外の世界」という「遠くの位置の対象」を探索して「行動の対象」と「自分の行動の仕方」のための「言葉」(カテゴリーとベクトル)という『メタ言語』を長期記憶していないことが「LD」「ADHD」を経て「アスペルガー症候群」に至る原因になっているのです。
この「日本型のアスペルガー症候群」への交渉モデルを、茂木俊彦の説明から要点をまとめると次のとおりです。
◎「アスペルガー症候群」への交渉モデルのためのポイント
- 情報を分析・総合する「活動」が「制限」されている。
- 認知、言語、思考、推論、記憶などの活動が「制約」されている。
- 抽象思考の展開に困難があるので「具体物」を見たり、触ったりしながら考える学習。「実際的経験」をとり入れて、それをもとに考える学習が有効である。
- 「数の学習」では、遠山啓のタイル(半具体物)を用いた「二つの集合」(集合A、集合B)の数が同じだと判断できる「捨象」の能力を育てる。(集合A…赤の三角形、黄の四角形、緑の丸形。集合B…黄の四角形、赤の丸形、緑の三角形、が例)。
- 「外界の探索活動」に相当する遠くの物を見て、触り、性質を確かめるための言語を憶える。これがないと「自分一人の世界」に入りこみ「ロッキング」(身体をゆする反復行為)という常同症、これにつづく自分の身体に自分で刺激を加える「自傷行為」に発展することもありうる。
- 初めてのものに触るのは誰でも怖い、と分かる。「物の性質」「物の形状」の触り方と言葉(メタファー)を憶える。
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アスペルガー症候群の対人関係の能力は、推移律の習得で「制約」がゼロに近づきます |
■このような「アスペルガー症候群」への交渉は、「人間関係の中の情緒の交流」につなげることが重要です。
そのために「推移律」(因果律)を学ばせます。その学習モデルは次のとおりです。 |
活動の能力を高める知性の学習モデル |
(注 A=B、B=C、故にA=Cという推移律(因果律)の学習モデルです)
■エクササイズ
◎事例・I
A・言うは易く、行うは難(かた)し。
B・意味 (遠山啓の水道方式のタイルに相当します。推移律の基準です)。
言うだけなら簡単だが、それを実行するとなると難しい、ということ。
C・設問 用例として適切なものはどれでしょうか?最も良いものを選んでください。
●用例
1.「立つ」という言葉を言うのは易しいが、メタファーの表現を10個以上書き出すのは難しい。
2.「進め」と言うのは易しいが、不況の中の仕事に適用して行うのは難しい。
3.「戻る」という言葉を言うのは易しいが、子どもの発達を戻って正しく考えるのは難しい。
(正解…1,2,3です)
◎事例・II
A・悪貨は良貨を駆逐する
B・意味
悪いものがはびこると、良いものが追い払われる、というたとえ。
十六世紀イギリスの財政家グレシャムが指摘した経済法則。
グレシャムの法則。同じ額面の貨幣でも、鋳造の品質の良い貨幣はたくわえられたり、国外に流出して市場から消える。そして質の悪い貨幣だけが流通する、という説。
C・設問 用例として適切なものはどれでしょうか?最も良いものを選んでください。
●用例
1.仕事や勉強の中で行動が止まっている人を見て、この人は限界だという考えを信用すること。
2.仕事や勉強の中で、いつまでも進歩しない人は、脳の前頭葉に機能障害があるという学説を本当だと思うこと。
3.人との対話で、沈黙したりハッキリと返事をしない人は、相手に敵意をもっているからだと理解すること。
(正解…1,2,3です)
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