日本人の心の病いの原型はうつ病です |
アメリカの認知心理学者にM・E・P・セーリックマン(一九七五年)という人がいます。セーリックマンは、「獲得された無気力」についての実験をおこない、人間の病理のつくられ方を考察することで先駆的役割を果したといわれています。
「獲得された無気力」とは「自分がものごとに働きかけても何の影響も及ぼさない」「どうせ自分は何をやってもダメな存在だ」と考える無気力のことです。この「獲得された無気力」は、いつ、どこでどのように獲得されるのか?に言及したのがロバートソンという認知心理学者です。ロバートソンは、「乳・幼児の時期」に、「獲得される」とのべています。
それは次のような観察によっています。
- 乳児は、泣くことで自分の不安定さを訴える。空腹、おむつがぬれて不快だ、母親の姿が見えないので不安だ、などが「泣く」ことの動機である。
- 観察は、26組の母子が対象で、乳児は、生後は3週間から一年間にわたっておこなわれた。3週間に一回の割合で家庭訪問がおこなわれて、母子の様子が観察された。
- 観察の結果は次のようなものである。
- 乳児が泣いて、母親がすぐに応答することが多いほど、一年目の後半の時期は、泣くことが短くなる。乳児が泣いて、すぐに母親が応答すると、乳児は、泣くこととは別の「伝達の技能」を発達させる。(変化に富んだ表情、身ぶり、発声などの伝達手段が生じる)。
- 応答的な母親の子どもは、「泣くこと」とは違った新しい伝達手段を発達させる。
子どもは意欲的になる。後に、知的な能力も発達する。
- 子どもが「不快」を示したとき、母親がすぐに応答して応えると、子どもは、運動的側面や意欲の側面の発達が優れる。とくに、自分の望んだものごとを得ようとするねばりづよく行動する傾向がより発達する。
- 生後36ヵ月になったときの測定では、知的発達の一般的水準も「非応答型の母親の子ども」よりも高いという結果が出た。
- ホスピタリズム(施設病)という病理現象がある。
とくに、人手不足の施設にあずけられた子どもに見られるいちじるしい発達の遅れと、「無気力」「無感動」の状態のことだ。自分が行動すること(活動すること)と、自分のおかれている現実の環境の中の不都合が軽減されることに何の因果関係も対応関係も見出せないという体験が「ホスピタリズム」という無力感を生む。
- ホスピタリズムという病理が見出されたのは、死亡率が異常に高いことがきっかけだった。彼らは、つねに風邪をひきやすく、肺炎になって死亡した。「無力感」についての研究の創始者セーリックマンによれば、「無力感」に陥ると、人間にかぎらず動物でも「突然死」であっけなく死亡してしまうことがしばしば見られるという。
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子どもの無気力の生成と起源 |
- 認知心理学者ロバートソンは、病気で入院した幼児を観察した。幼児は、母親から離されると「落ちつく」という。その「落ちつき」は、三つの段階をたどる。
一段階…不安におびえて大声で泣き叫ぶ。(母親が自分のところへ来ることを期待している)。
二段階…泣き方が単調になる。子どもは静かになる。(子どは絶望する。泣くという努力が徒労に終わると不活発になり、ひっこみ思案になる。無感動になる)。
三段階…この段階の子どもは機嫌よくなる。誰にたいしても多くの関心を示して楽しげになる。面会に来た母親が立ち去っても泣かない。まわりの人には落ちついて見える。
- だが、ロバートソンの観察では、この三段階めの子どもの「落ちつき」は、じつは「否認」であるという。
- 退院後、家庭に戻ると大きな行動障害を起こす。また、情緒的混乱を示す。「赤ちゃん帰り」「排泄ができない」「ちょっとしたことでも泣き叫ぶ」などだ。
- ロバートソンは「無気力に陥った子どもによる、環境への働きかけである、というものだ。病院では、自分の不安という環境の中の不都合を取り除くことができなかった。泣いても、母親は来てくれなかった。自分は無力だった。だが、この家庭ではどうか?自分には、不安を取り除くための変える力があるのか?これを試してみよう」。ロバートソンは、乳児の行動障害と情緒的混乱の意味をこのように分析する。
- この乳児期の母親の「応答の無さ」は、子どもが成長すると、どのように「無気力」を生み出すのか。
- 学校の勉強、人間関係、仕事の中で「失敗すること」の中であらわれる。
「なぜ、算数のテストでいい成績がとれなかったのか?」「なぜ彼女とのデートの中で、彼女は不機嫌になったのか?」「なぜ、彼は、私の言うことに不快そうな表情をしたのか?」「なぜ夫は、私の言うことを否定的にとらえて、賛同してくれないのか?」「なぜ、私の仕事は、上司に評価されないのか?」などのような問いかけの中に無気力は、出てくる。
- このような自分への「問い」の回答は、次の二通りのどれかとして自分に得られる。
回答1…「自分の能力が足りなかったからだ」
回答2…「自分の努力が足りなかったからだ」。
- B・ウェイナー(アメリカの社会心理学者)の研究によれば「能力不足」と考える人は、自分の次の行動も低く見積りがちである。「努力不足」と考える人は、自分の意思でコントロールできるととらえる。原因を、自分以外の外部にあるととらえる。「学び方、教師の教え方」「課題の難しさ」などだ。
(以上、『無気力の心理学』波多野誼余夫(ぎよお)、稲垣佳世子、中公新書より、リライト・再構成)。
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愛着のメカニズムに無気力の原因がある |
■ここでは、乳児期の母親と子どもの応答関係が、子どもに「無気力をつくり出す原因になる」という認知心理学の実験や観察をご紹介しています。ここで母親による「応答」とは、泣いた子どもの側にすぐやって来ること、子どもに「どうしたの?お母さんは、ほらここにいるよ、だいじょうぶよ」などと声をかけること、子どもに笑顔を見せて、安心の表情を目で確かめさせること、をいいます。
このような「母親による応答が不足すると、子どもは、成長してからなぜ「無気力」の行動パターンをあらわすようになるのでしょうか。
無藤隆は『赤ん坊から見た世界・言語以前の光景』(講談社現代新書)の中で次のように説明しています。
- 「愛着」(あいちゃく)という考え方を提唱し、発展させたのは、イギリスの精神科医学者のボールビーである。ボールビーによれば、母親(父親も)と子どもの関係は、一つのシステムを形成している。
このシステムの内側では、パートナーが互いに近くにいることを維持している、また、必要に応じて接近する。
このシステムは発達期に形成される。このシステムは生涯にわたって働く。効果的に働くには、パートナーは、この愛着の関係での自己、および他者、また相互作用のパターンを自分のものにして、そのモデルを形成することが必要となる。
- 乳児は、愛着の対象に接近して、その接近を維持することで安心を確保する。
さらに、この安心を安全基地にしてまわりの環境の探索活動をおこなう。この中で恐れ、不安を感じると、また愛着の対象への接近と接触を求める。
- とくに、乳児が自分の力で移動できるようになると、たえず母親の様子をチェックし、定期的に母親の元に戻る。そしてまた探索におもむく。愛着は、乳児の感情の状態と母親への接近というダイナミックな関係の中で、乳児の行動の能力は決定されていく。
- 「愛着」はいくつかのパターンに分類される。この考えを発展させたのは、アメリカの発達心理学者エインズワースである。エインズワースは、「ストレンジ・シチュエーション」というよく知られる測定法で、「愛着」を分類した。
Aタイプ…回避型。子どもは、母親への愛着をわずかにしか示さない。母親を無視する。
Bタイプ…安定した愛着のタイプである。
Cタイプ…諦め型。母親の姿を見ると泣くが、姿が見えなくなるとのびのびと遊ぶ。母親に敵意を見せるなどのアンビバレントな行動を示す。依存する。
Dタイプ…極端な劣悪な環境で育った子どもに見られる。不適切な行動をとる。行動がつねに適切でなく、不適応性を示す。
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うつの母親には「同期」が無い |
■ボールビーやエインズワースらが観察した「愛着」には次のような意味があります。
- 子どもの言葉の能力の習得の土台になる。
- 子どもの人間関係の能力の土台になる。
- 子どもの自立した行動能力の土台になる。
無藤隆の説明によれば、子どもの「愛着」の形成が不完全なケースの理由は、母親の「うつ」ないし「うつ的な状態」にあります。
「愛着」は、二つの「行動」によってのシステムになっています。
「同期」……子どもが見たり、指を指したり、移動して空間の場に立つとき、そのときの対象を認知と認識として共有すること。
「同調」……子どもが物の動きのパターンを認知したとき、その対象を、行動にとって意味のあるものであると記憶すること。「安心する」「分かる」「価値のあるものと了解して、くりかえし行動して関わる」。
すでにご説明しているとおり、日本人の母子関係の「愛着」には、「同調」はあっても「同期」はありません。
子どもが母親から離れて「遠く」に移動すると「気配」を察知して、子どもの存在をイメージするだけです。日本の母親は、つねに子どもと共に密着することを「同期の仕方」にしています。それは、『初級コース』の中で、中村真一郎が、戦後の日本女性を観察して「自分の子どもが警察学校に入学すると、母親同伴で出席している」「おそらく、どろぼう学校に入学しても、やはり母親は同伴して出席するにちがいない」と指摘していることによく象徴されます。
日本人の対人意識は、「私は右手、あなたは左手」とメタファー化して「一心同体」と思い込んでいることの現象です。
NHK・TVで「私の子どもだったころ」(平成21年3月20日放映)という番組に「山崎バニラ」がとり上げられていました。この中で山崎バニラは、自分の父親が、自分のブログを毎日チェックして「この言葉はなくせ」「この表現は、こう変えなさい」など、こまかく知らせてくる、と語っていました。
「私の父親は、私がまだ子どもだと思っているようです」「私の母親は、テレビスタジオにも見学と称してよくやって来ます」(山崎バニラの話)。
すると、この結果、成人した子どもはどういう脳の働き方になるのでしょうか。 |
日本人の「うつ」のメカニズム |
- 日本語の文法のメカニズムは、人間関係を中心にして成り立っている。日本語の社会は最も古い古代原始社会から、「自分を中心」にして、他者を「遠い存在」か?「近い存在」か?を区別してとらえる体系になっている。
- 漢字・漢語は「古墳時代」の以降に輸入された。漢字・漢語は、人間関係を「上か下か?」の上下の意識でとらえている。これが日本語の「遠いか?近いか?」に取り込まれて融合させられている。
- 日本語は、相手を「自分の内(ウチ)の人か?外(ソト)の人か?」と区別する。
- 内(ウチ)の人……親しみやすい、なれなれしくできる。脳の働き方でいうX経路の対象である。
すると、自分と同化して一体化した気持ちになれる。
すると、「分かった」「ふにおちた」「胸のつかえがとれた」「のどのひっかかりがとれた」というように「理解した」ことになる。
- 外(ソト)の人……脳の働き方でいうと「Y経路」の対象である。外は、恐ろしい場所、自分には左右できないこと、自分が立ち入るときはリスクが大きいことを覚悟して、何もかも失うことを承知すべきことだ。
だから、「自分は手を加えない」「何もしないで放置する」という分かり方をする。
(『日本語練習帳』大野晋、岩波新書より)。
この大野晋の日本語の考察の要点は、次のとおりです。
- 日本の母親は、子どもが自分の近くにいるときは言葉がけをする。子どもが自分の側から離れると言葉がけをしない。心配して気配を察知してイメージするか、放置する。
- すると、子どもは、母親という「他者」の「ものの考え方」が分からない。つまり愛着の中の「同期」と「同調」が無いので、子どもは「行動して近づいていく」ことで認識できる「二・五次元」の認知を「三次元」の認識に変えて記憶することができない。
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ハーバード流交渉術の役立て方
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■すると、これは、次のようなことについての不都合や支障を発生させることになるのです。
『ハーバード流交渉術』(フィッシャー& ユーリー・三笠書房)の中の「交渉」とは?について。
- 人間は、好むと好まざるとにかかわらず誰でも交渉の場に立たされる。生活していくうえで交渉は欠かせない。
- 人は、みな毎日、なんらかの交渉をしている。日常の中で交渉をしているのに、それを意識していない人が多い。
「夕飯をどこで食べるか」「子どもと寝る時間について話し合うこと」も交渉の一種だし、交渉にちがいない。
- 交渉とは、他人への要求をなるべく通そうとするときに用いる基本的手段である。
- 交渉とは、「共通する利害」と「対立する利害」があるときに、「合意」に達するためにおこなう相互コミュニケーションである。
- 交渉において、「相手方」の「ものの考え方」を理解することは、たんに問題の解決に役立つというだけにとどまらない。じつは、「相手のものの考え方」が、「問題そのもの」である。「意見の相違」は、けっきょく、当事者の「ものの考え方」の相違に由来する。
- 争いとは何か?争いは、客観的事実にあるのではない。
当事者の「頭の中」にある。
- 「ものごと」は、自分がどこに立ってそれを見るか?によって全く違って見える。人間は、いつも「自分が見たいもの」だけしか見ない傾向がある。自分の先入観にぴったり一致するような事実だけを選び出して、そこに焦点を当てる。自分の先入観の間違いを示すような事実は無視する。もしくは、全く違った意味に取り違える。
- 問題の状況を「相手の立場に立って見ること」はきわめて難しいが、それをなしうる能力こそが交渉する人のもつべきもっとも重要な資質である。
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最強の交渉戦術の組み立て方 |
■ここでご紹介している「交渉」の定義は、前回の本ゼミですでにお伝えしています。日本人の「対人意識」の骨格とは、「遠い所にあるもの」とは関わりをもたない、という「ものの考え方」のことでした。
日本語の文法、および、X経路中心の脳の働き方が生成する行動パターンのことです。
この日本人の対人意識からは、はるかに遠くに隔たっている「交渉の仕方」であることがお分りでしょう。支障や障害とは、何でしょうか。
「自分から離れて遠くに行く家族が心配で、パニックになる」(見捨てられた気持ちになる)、「自分から離れて独立している子どものことが心配で、毎日、電話をする」「不在の時は、交通事故か、トラブルにまきこまれているのではないか?と居ても立ってもいられなくなる」、といったことでしょう。
このような、日本人がかかえている「交渉」という相互コミュニケーションの人間関係の能力は、どのように習得できるものでしょうか。
『ハーバード流交渉術』の中では、次のように書かれています。
- 人間は、つねに、他人の行動をあれこれ考えるとき「自分の不安、恐れを反映させる」という傾向がある。
モデルをあげると次のようなものだ。
- モデル・Ⅰ「借家人」の「家主」への見方(注・X経路中心の思考のモデル)。
- 家賃は今でも高すぎる。
- 他の経費が上がってきたから、住宅費にこれ以上払えない。
- 家主は、ペンキの塗り変えを怠っている。
- 同じようなアパートでもっと安い家賃しか払っていない人もいる。
- 自分のような若い者には、とても高い家賃は払えない。
- 隣近所が貧民化しているのだから、家賃は安くて当然だ。
- 自分は、犬と猫も飼っていないのだから良い借家人だ。
- 払えと言われれば必ず、家賃は払っている。
- 家主は冷たくて挨拶もしない。
モデル・Ⅱ「家主」の「借りている人」への見方(注・X経路中心の思考のモデル)。
- もう長いこと家賃を上げていない。
- 他の経費が上がってきたから家賃の収入を増やさないと困る。
- 借家人は、部屋をだいぶ傷つけている。
- 同じようなアパートでもっと高い家賃を払っている人もいる。
- 若い連中は、騒がしくて部屋を大事にしない。
- 隣近所の環境を改善するためにも家賃を上げなくては。
- 彼のステレオは、騒々しくて腹が立つ。
- 催促するまで家賃を払ったことがない。
- 他人のプライバシーに首を突っ込む気はない。
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最強の交渉のテクニック |
■「ハーバード流交渉術」は「相手の立場に立つ」ということ、「相手のものの考え方こそが問題である」「相手のものの見方、感じ方を自分も試してみることは有益である」とのべています。
この交渉テクニックを、モデルの「借家人の見方」「家主の見方」に適応させることで、強力な交渉技術が期待できます。
「モデル」としてあげている事例は「二つの立場」「二つのものの考え方」「二つのものごとの感じ方」になっています。「ハーバード流交渉術」の最も優れているところは「問題に対しては厳しくする。自分の利益は強く主張する」、しかし「人間にたいしては柔軟に」という原則でした。
この原則にしたがって、「交渉テクニック」として再構築してみると、次のようになります。
モデル・Ⅰ「借家人」が「家主」と交渉する交渉の仕方 |
自分の主張(自分にとってのメリット) |
■しかし、「ハーバード流交渉術」の脳の働き方の「Y経路」では、この「基本的ニーズ」は次のように存在します。
- 安全であること……トラブルを予測すること。つねにトラブルを予測して、その解決のための対策を準備していること。
- 経済的福利……人間は、そこに存在するだけで消費をともなうものだ。だから自分の消費のためにその価値を創出しなければならない。
価値を創出するのは、言葉と行動だ。その言葉と行動の価値を高めるために不断の投資が必要だ。
- 帰属意識……人間は、今日から明日へと生きていく。
時間の経過が生きるということだ。生きものは時間の経過を「成長」としている。伸びていくもの、成長していくもの、段階的に成長していくものと関係をとりきめることが、帰属することである。
- 認められること……認められるためには「説明すること」が必要だ。根拠を示して、実行すること、その結果が認められる価値になる。
- 自分の生き方を自分で決めること……人間は、一人では生きられない。すると、誰と生きていくか?が重要である。関係性が大切だ。この関係性には橋渡しとなる「媒介」が必要だ。「媒介」をお互いに支え合うことが「今日を正しく生きること」になる。
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日本の「試験」との交渉テクニック |
- 家賃が高い
- これ以上払えない
- 部屋が古くなっている
- 安い部屋もある
- 高い家賃は払えない
- 不況がひどくなって住宅ニーズが低下している
- 部屋をきれいに使っている
- 支払いはとどこおりなくおこなっている
- 自分から挨拶している
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自分の主張を変えて「家主」の主張を受け入れることのデメリット |
- 「いくらなら増額してもいい」という妥協点を話し合える
- 家主の必要経費や、増額の事情を聞いて、支出の必要は同じ立場であることが分かる
- 長い間住んでいることの信用を維持できる
- 長い間住んでいることで得られている利益がある
- 移動するには、そこにはコストが発生する。それは、増額の一年分かもしれない
- 関係が安定する。頼みごとがしやすくなる
- 好きに、自由に使わせてくれてうるさく言われたことはない
- いやがらせや、いじめはない
- 安定した住居を得て、安定した収入を得られている。生活が安定していることで仕事に打ちこめている
- 話し合いに応じてくれるので相互理解が深まって、生活が安全である
■この交渉の仕方は、自分が主張するメリットと、相手の主張を受け容れる場合のデメリットを一つずつ並べて数え上げるというやり方をします。メリットは「9項目」、デメリットは「10項目」です。
するとデメリットの数が多いことが分かります。またデメリットと見えるものは、実は「自分にとっての利点・プラス面」であることが明らかになります。
この二つの対比を見て、「家賃を上げること」にも利点があり、双方の主張の一致する利益点が見出されるでしょう。これがハーバード流交渉術の「原則立脚型の交渉の仕方」です。
同じように「家主」が「借家人」と交渉する仕方のモデルを考えてみましょう。 |
自分の主張(家主にとってのメリット) |
- 家賃を上げたい
- アパートの経費が高くなってきた。コストが利益を減らしている
- 部屋も古くなっている。修理がいるかもしれない
- ヨソのアパートは、もっと高い家賃をもらっている
- 部屋は、とくにルールを決めずに自由に使わせている
- まわりの環境は不況で荒れている。キレイにしないと侵食される
- 彼は音楽好きだ。聞きなれないミュージックが耳に入ってくるがガマンしている
- 家賃は、とにかく期日までに払ってほしいものだ
- 部屋は貸すが、何をしようと、どういう生活をしようとそれは自由だ
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自分の主張を変えて「借家人」の主張を受け容れることのデメリット |
- 家賃は上がるものだということを理解してもらえる
- 家賃の増額にはインフレ的な要因があることを分かってほしい
- 3年くらいを契約の範囲にして、この間、収入が上がることを努力してほしい
- 部屋は生活だけでなく、知的水準や社会的スキルの向上に役立っているのではないか
- 人間が生きていくには投資が必要だ。現状維持は、後退につながる。家賃も投資と考えてほしい
- もし、今よりも安い家賃の部屋に移れば、今の住いのメリットと考えられるものが犠牲になるはずだ
- 住居が安定しているということは、それだけ関係が豊かになっているということだ。人は、関係が豊かならばその人自身が豊かであるという、目に見えない資産が増えていることだ。
これは自分にとっても喜ばしいことだ。
- 若いうちからの付き合いをいただいていることは、これからもっと長い付き合いになる。その人の信用は、自分にとっての信用でもある。
- 今回、もし増額できない事情があれば、いつからなら可能か?の合意が得られる。
- デフレ状況、もしくはインフレ状況のデータを客観的に示して、双方で努力して支出増という問題を共に解決していくことでは合意できるはずだ。
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最強の交渉テクニックの方法とはこういうものです |
■ここでも、やはり、「メリット」と「デメリット」の数を数えてどちらが本当の利益か?を客観的に観察することが交渉のポイントです。デメリットとしてあげられているものが実は、自分にとっての本当の利点であることが分かります。
この交渉テクニックで重要なことは、最初に「当人にとってのメリット」と思われるものをいくつでもピックアップして、その「理由」も書き出すことです。次に、「本人にとってのデメリット(マイナス面)」を順次あげていきます。
これは、最初の「メリット」を一つずつ克服していく道のりをたどることになります。
このときも、「理由」を明確にして、その「理由」を相手にも理性的に理解してもらうことが重要なことです。
「ハーバード流交渉術」は、このように具体化することで強力な交渉戦術に変えることができます。
ここで重要なことは、「相手のものの考え方」とはどのようなものか?を想像することです。
その想像するという推察の能力は「推移律」の思考能力で身につきます。
「現実を変える力がつく知性の学習モデル」のとおりに実践してみましょう。
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A=B、B=C、故にA=Cの推移律を学習するモデル |
■エクササイズ
◎事例・Ⅰ
A・他力本願(たりきほんがん)。
(注・言葉の「概念」に当ります。仕事、学校の勉強、自分の人生、人間関係などの「言葉」は、このAに相当します)。
B・意味(遠山啓の水道方式で開発されている「タイル」に相当します)。
自分の力で成しとげようという努力をせず、他人の力を当てにすること。
本来は、仏教の言葉。修業功徳(くどく)がない人々を阿弥陀仏(あみだぶつ)の力によって救済することだ、とされていた。
C・設問
●他力本願の用例。
「タイル」とむすびつく三者関係の「実物」(現実のもの)に当るものは、次のどれでしょうか?
用例として適切なものを選んでください。(以下、同じ)。
- 試験が迫ってきた。受験勉強は他力本願だ。だから、何も準備せずに試験にのぞんだ。
- 犬や猫は、毎日、飼い主からエサをもらって生きている。他力本願の生き方の典型だ。
- うつ病の人が、自分で治す工夫や努力をせずに抗うつ薬を飲みつづけている。他力本願の考え方だ。
(正解…3です)。
◎事例・Ⅱ
A・「学びて思わざれば、即ち罔(くら)し」(まなびておもわざれば、すなわちくらし)。
B・意味
学んでも、自分で考えなければ本当の理解は得られない、という意味。「学ぶ」は師から教えを受けること。「思う」は、自らものごとの道理を考えること。この文の後に「思いて学ばざれば則ち殆(あや)うし」とつづく。「罔(くら)い」は、ものごとの事情にうといこと。「殆(あや)うい」は、存在がおびやかされること。孔子(こうし)の『論語』為政(いせい)より。
C・設問
用例として適切なものはどれでしょうか?
- ポルソナーレのカウンセリング・ゼミは、「学びて思わざれば、即ち罔(くら)し」の反対の極北の学習だ。学んだ人は、全て、世界水準の知性の域で疾走している。
- 「丸暗記」をすすめる勉強法は、「学びて思わざる」のすすめの方法だ。即ち、誰もが「罔(くら)く」なっている。
- 「学ぶこと」も「思うこと」もしない人は、たちまち心の病いに呑み込まれる。
(正解…1,3です)。
◎事例・Ⅲ
A・「ああ言えばこう言う」(概念)
B・意味
相手の意見にたいして、あれこれと言い返して素直に受け容れない様子のこと。
C・設問
「ああ言えばこう言う」の用例として適切なものは、どれでしょうか?
- 子どもは、思春期になると親の意見を聞いても、「ああ言えばこう言う」と言い返す。
- 親しい関係になると、互いに遠慮がなくなって「ああ言えばこう言う」と言い返し合って、仲たがいにつながりやすい。
- コミュニケーションの基本は、相手の言葉をテーブルに乗せて、その言葉について発言することだ。これがないと「ああ言えばこう言う」と、まとまりがなくなる。
(正解…1,2,3です)
◎事例・Ⅳ
A・「為せば成る」(なせばなる)(概念)
B・意味
本気で成しとげようと取り組めばどんなことでも必ず達成できる、という意味。江戸時代の米沢藩の上杉鷹山(ようざん)の歌「為せば成る。為さねば成らぬ何事も。為さぬは人の為さぬなりけり」が名高い。
C・設問
用例として適切なものはどれでしょうか?
- 「為せば成る」の精神で受験勉強に励み、志望校に合格した。
- 「為せば成る」という。心の病いは治せて、人もより良く変えられる。
- 「為せば成る」の心構えで、日本も、デフレ不況を乗りこえるべきだ。
(正解…1,2,3です)
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